「とりあえず普通科に行って、いい大学を目指す」――そんな進路の常識は、いつ、どうやって生まれたのでしょうか。今回は職業教育の歴史シリーズ第3弾として、高度経済成長期から現代へとつながる「雇用」と「教育」の深い関係を読み解いていきます。
専門学科の盛衰:細分化しすぎた末に
前回は1960〜70年代、高校の専門学科が爆発的に増えた時代を取り上げました。その「その後」から、今回はスタートします。
貿易科・営業科・経理科など、職業に直結した学科は最終的に250種類ほどまで細分化されました。しかし細かく分けすぎた結果、かえって中身が薄くなってしまったのです。
- 専門学科が細分化されすぎ、教育内容が空洞化
- 日本では「普通教育(共通して学ぶ一般的な学び)」へのニーズが一貫して強かった
- その結果、専門学科は徐々に数を減らしていった
この流れの背景には、これからお話しする「日本的雇用」という大きな仕組みが関わっています。
日本的雇用はなぜ生まれたのか
「終身雇用」「年功序列」――よく聞く言葉ですが、なぜこうした仕組みが定着したのでしょうか。実は時代背景と深く結びついていました。
日本的雇用を支えた4つの柱
1960〜70年代に定着したとされる日本的雇用は、次のような要素で成り立っています。
- 新卒一括採用:卒業時にまとめて採用する仕組み
- 年功序列:勤続年数に応じて給料や役職が上がる
- 企業内定期異動:社内で部署を移動させる
- 企業内教育訓練:研修や教育は企業が担うという考え方
「人手不足」が囲い込みを生んだ
なぜこの仕組みができたのか。理由は大きく2つあります。
- 業績が右肩上がりだったから:売上が毎年伸びるので、長く勤めた人の給料を上げ続けることができた
- 慢性的な人手不足だったから:高度経済成長期は労働力が常に足りず、各企業は「いかに人を辞めさせないか」を競った
労働力を流出させないために、企業は社員を「囲い込む」戦略をとりました。毎年給料が上がり、研修を受けられ、嫌な仕事は社内異動で調整してもらえる――この仕組みが時代とぴったりマッチし、日本は急成長を遂げたのです。
当時は「日本的雇用は画期的だ」と称賛する本がたくさん出ました。今は批判されることも多いですが、それは「悪い」のではなく「今の時代に合わなくなった」と捉えるほうが正確でしょう。
序列化が学校に持ち込まれた
会社の仕組みは、教育現場にも大きな影を落としました。「偏差値」や「受験戦争」という言葉が生まれた背景を見ていきましょう。
日本的雇用の特徴のひとつは、はっきりとした「序列(ランクの順序)」でした。平社員・係長・課長・部長・専務……というピラミッド構造です。
この序列の感覚が学校にも持ち込まれ、何で測られたかというと――そう、偏差値でした。
- 「頑張って能力を高めないと」という能力観が広まる
- 親世代の働き方が、子どもの学びへの期待にもつながる
- 偏差値による序列化が進み、「受験戦争」という言葉が生まれる
労働や経済の仕組みと、教育のあり方は、驚くほど密接につながっているのです。
学歴と職業の対応が崩れていった
今度は逆に、学校の変化が労働の世界をどう揺さぶったのか。実はここに、職業教育が難しくなる大きな要因が隠れています。
ブルーカラーからホワイトカラーへ
1960年代頃まで、日本の労働者の多くはブルーカラー(肉体労働に従事する人)でした。それが徐々に、ホワイトカラー(管理・技術・事務などの知的労働に従事する人)へと移っていきます。
かつては、おおまかにこんな対応関係がありました。
- 初等教育卒業の人 → ブルーカラー
- 専門学科や高等教育を受けた人 → ホワイトカラー
当時は学歴ごとの人口と職業のニーズがうまくかみ合っていたのです。
進学率の上昇で「すみ分け」が崩壊
ところが戦後、中学校までが義務教育となり、高校進学率もぐんぐん上昇しました。すると――
- ブルーカラーへのニーズは高いのに、なる人が減っていく
- 学歴と職業の対応関係が崩れていく
- 本来ホワイトカラーに就くはずだった高卒者が、ブルーカラー職に就くケースも発生
- 職場に葛藤や不満が生まれる結果に
うまく機能していた「すみ分け」が、進学率の上昇によってバグってしまったのです。ちなみにブルーカラーの人手不足は今も深刻で、海外人材の雇用を国が政策として進めているほどです。
職業教育の影が薄くなっていく
こうした混乱の中で、職業教育はどんどん存在感を失っていきます。その理由を整理してみましょう。
日本的雇用は、言い換えれば職能給制度(仕事ではなく、その人の能力に対してお金が払われる仕組み)です。これが一元的な能力主義につながり、序列の中で「学歴」の価値がどんどん高まっていきました。
そして石油危機(オイルショック)で高度経済成長が止まったとき、日本企業はどうしたか。社員を解雇せず、配置転換で別の仕事に就かせる道を選びました。「人を簡単に切らない」ことを大切にしたため、日本的雇用そのものは変わらなかったのです。
その結果――
- 専門学科に行くより「普通科→いい大学→いい会社」が有利という考えが強まる
- 過度な受験競争(受験戦争)が1980年頃にピークを迎える
- 職業教育の役割は相対的に小さくなっていく
私たちへの問いかけ
歴史の話のようでいて、これは今を生きる私たちにも直結する問題です。最後に、進路を考えるうえでのヒントを整理します。
この歴史から見えてくるのは、次のような気づきです。
- 労働力の実態と教育は、強く連動している
- 学歴と職業の「すみ分け」が崩れたことが、今の職業教育を難しくしている
- 単純に進学率を上げればいい、という話ではない
たとえば「大学全入時代(希望すればほぼ誰でも大学に入れる時代)」が進むと、もともと高卒者を積極的に採用していた業界も全員大卒を雇うことになり、選別がさらに難しくなります。進路の常識は、こうした社会の構造とつながっているのです。
「なぜ自分はこの進路を選ぶのか」――その問いの背景に、半世紀にわたる雇用と教育の歴史があることを知っておくと、選択の見え方が少し変わってくるかもしれません。
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