「北欧の教育はすごい」「ジョブ型採用が必要だ」——こうした言葉をニュースで耳にしたことはありませんか。今回は日本の職業教育(仕事に直結する力を育てる教育)を海外と比べながら、その特殊性を冷静に見ていきます。
なぜ海外と比較するのか
日本の教育を理解するには、ほかと比べることが欠かせません。海外だけでなく、過去と現在を比べることでも、これからどうすべきかが見えてきます。
大切なのは「海外が正しくて日本がダメ」という単純な話ではないということです。北欧の教育がよく称賛されますが、日本の学力も決して低くはありません。どの国にもよい面と悪い面があります。それを冷静に捉えたうえで議論することが大事です。
世界標準でみる「職業教育」の3つの分類
実は職業教育には世界共通の定義があります。ユネスコ(国連教育科学文化機関)が定めた「国際教育標準分類」(2011年版)では、教育を大きく3つに分けています。
① 普通教育
主要教科(国語・数学・英語など)をより深く理解するためにデザインされた教育です。
- 学校で授業を受けるのが主な形態
- これを受けただけでは、訓練なしに特定の職業には就けない
- 職業的・技術的な内容があっても、全体の25%未満なら普通教育に分類
日本の教育のほとんどはこの普通教育に当たります。職業体験などがあっても、25%を超えることはまずありません。
② 職業準備教育
仕事の世界に入るための準備を目的とした教育です。
- 学びはするが、すぐに労働市場で通用する資格には至らない
- 教育内容のうち25%以上が職業的・技術的な内容
③ 職業教育訓練
特定の職業に就くために必要なスキル・ノウハウ・理解を導く教育です。
- 修了するとその国の団体に認められた資格が発行される
- 労働市場で通用する職業資格が得られる
日本の工業高校は「職業教育」ではない?
ここで気になるのが、日本の工業高校や商業高校はどこに当たるのか、という点です。世界基準でみると、意外な事実が見えてきます。
工業高校は普通に国語や数学も学びますし、卒業してすぐに資格を持って働けるわけでもありません。ユネスコの基準では、日本や韓国の職業系高校は通常のカリキュラム(普通教科)が30〜50%を占めるため「職業準備教育」に分類されます。
ところが日本政府は、ユネスコに対して工業高校を「職業教育」として報告しているのです。ごまかしというより、日本独自の「これは職業教育だ」という考え方が表れているといえるでしょう。では、なぜこのようなズレが生まれるのでしょうか。
カギは「雇用制度」の違いにある
このズレの一番の理由は、欧米と日本の雇用制度の違いにあると考えられます。最近よく聞く「ジョブ型採用」という言葉が、その理解の入り口になります。
そもそもジョブ型採用とは
「やる仕事が決まっていればジョブ型」と思われがちですが、それだけではありません。一言でいうと、雇用契約が「ジョブ(仕事)」に基づき、その仕事ごとに資格を持つ人が採用される仕組みです。
- 仕事が細かく分類され、それぞれに対応する資格が紐づいている
- 企業からそのジョブがなくなれば解雇される
- 新たにジョブが生じれば、その都度採用される
「外資はすぐ解雇される」というイメージがありますが、これは実力主義というより、ジョブがなくなれば雇用も終わるという仕組みによるものです。日本のように、仕事がなくなったら別の部署へ異動する(ジョブローテーション)という発想とは大きく異なります。
労働組合の作られ方も違う
賃金の決まり方にも違いがあります。日本では「トヨタの労働組合」のように会社ごとに組合があります。一方、欧米では職種別・産業別に組合があるのが特徴です。
- 「IT業界のマーケター」といった単位で労働組合が作られる
- ジョブごとに時間給の相場が決まっている
- 同じ仕事なら、転職しても給料が大きくは変わらない
日本では同じ仕事でも会社によって給料が大きく違いますが、欧米では職種ごとに賃金の目安が決まっているのです。
だから欧米では「資格を取ってから就職」になる
職種ごとに基準があるからこそ、「この資格があればこの仕事ができる」という認定ができます。そのため欧米では、職業教育や訓練を受けて職業資格を取ってから就職する流れが一般的です。
一方、日本は職業教育を企業が担い、仕事のやり方も給料も会社ごとに違います。だからこそ世界基準のような職業教育がしにくいのです。「ジョブ型採用」という言葉だけが一人歩きしていますが、その背景には教育制度との深いつながりがあります。
数字でみる日本の職業教育の現状
世界と比べると、日本で職業教育を受ける人の割合の少なさが見えてきます。具体的な数字で確認してみましょう。
- 先進諸国の多くでは、高校段階で職業教育・訓練コースに進む人が多数派
- 日本の専門学科に進む人は約2割(2010年時点で19.4%)
- 1960年代には専門学科が40%を占めていた
- 50年間でほぼ半減している
また高等専門学校(高専)は、最近TikTokやYouTubeで話題になり認知度は上がっていますが、学生数は1962年の発足以来ほぼ一貫して変わっていません。職業教育を受ける人が減ってきた背景にも、やはり雇用制度との関係が見え隠れします。
まとめ:海外を「光って見える」だけで終わらせない
海外の制度はつい魅力的に見え、「取り入れてみよう」となりがちです。しかしジョブ型採用も職業教育も、その国の雇用制度と切り離して語ることはできません。
日本の教育と雇用は、お互いに深く結びついて今の形になっています。だからこそ、言葉だけを真似るのではなく、「自分たちの社会にとって何が必要か」を冷静に考えることが、これからのキャリアを考えるうえで大切になるのです。
もっと詳しく知りたい方へ
ポッドキャストでさらに詳しく聴けます。
🎙️ ポッドキャストで聴く →