「学力」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。テストの点数でしょうか、それとも主体性や思考力でしょうか。実はこの「学力」の定義は、時代とともに大きく揺れ動いてきました。今回は、その変化の歴史を時系列でたどりながら、振り回される現場と子どもたちの姿を見ていきます。
「学力」の定義は時代とともに揺れてきた
学力の定義は、一直線に進歩してきたわけではありません。まるで振り子のように、あっちへ行ったりこっちへ戻ったりを繰り返してきました。まずはその全体像を押さえておきましょう。
かつては「テストの点数こそ正義」だった
1980年代の臨教審(臨時教育審議会)が「個性重視」を打ち出す以前、学力といえば知識量そのものを指していました。いわゆる受験戦争の時代です。
- テストの点数が高い=学力が高い
- 「読み書きそろばん」に代表される知識・技能が中心
- 評価の基準が明確でわかりやすい時代
1990年代、「個性」や「主体性」が加わった
1980年代後半から1990年代にかけて、新しい学力観が登場します。知識だけでなく「関心・意欲・態度」、そして個性や主体性を評価の対象に含めるようになりました。
しかしここで、現場の先生方には大きな戸惑いが生まれます。「個性や主体性を、いったいどう評価すればいいのか」という問題です。相対評価(集団の中での順位で評価する方法)から絶対評価(一人ひとりの到達度で評価する方法)へと切り替わったことも、この悩みに拍車をかけました。
- 手を挙げる回数が多い=意欲がある、とみなされる
- 宿題をしっかりやる=主体的に学んでいる、とみなされる
こうして、本来とらえにくいはずの「意欲」や「主体性」が、目に見える行動で境界化(わかりやすい形に線引きすること)されていった、という実態がありました。先生としては、そうするしか評価のしようがなかったのです。
ゆとり教育とその揺り戻し
学力観の揺れを語るうえで、避けて通れないのが「ゆとり教育」です。ここから振り子は大きく一方へ振れ、そして急激に戻っていきます。
1998年、ゆとり教育のスタート
1998年・99年の学習指導要領改定を総称して「ゆとり教育」と呼びます。具体的には次のような変化がありました。
- 完全学校週5日制の導入(それまでは土曜日も授業がありました)
- 教育内容・授業時数の削減(円周率を「3.14」から「約3」に、台形の面積公式を扱わないなど)
- 「総合的な学習の時間」の創設
目標は「ゆとりの中で生きる力を育む」こと。授業時間を減らすことで、別のところで生きる力を育もうという発想でした。
学力低下批判とピサショック
ところが2000年代初頭、「学力が下がった」という批判が強まります。さらに追い打ちをかけたのが、PISA(国際的な学習到達度調査)の順位低下、いわゆる「ピサショック」でした。
ここで注意したいのは、この批判が必ずしも正確ではなかった点です。
- 順位が下がった子どもたちは、実はゆとり教育を本格的に受ける前の世代だった
- 研究上は、ゆとり教育と学力低下の間に明確な相関は見られていない
- 学習塾や予備校が、不安を煽るような宣伝を展開したとも言われている
つまり「学力低下はゆとり教育のせいだ」という単純な結びつけは、必ずしも事実に基づいていなかったのです。
「教えない授業」で現場はさらに混乱
この時期、現場には「教えない授業をしましょう」という方針も降りてきました。しかし、具体的なやり方の通達はほとんどなく、判断は各先生に委ねられました。
結果として、挑戦する先生もいれば手を付けない先生もいて、やり方もバラバラ。授業の質に大きなばらつきが生まれてしまいました。さらに、「自由にすると、自ら学べる子とそうでない子の差が広がるだけ」という構造的な問題も表面化します。それすら「個性」として扱われ、現場はますます方向性を見失っていきました。
2008年、前より増えた「揺り戻し」
批判にさらされた政府は方針を転換します。2008年・09年の学習指導要領では、授業時間や内容がゆとり教育以前よりもさらに増加しました。
- 総合的な学習の時間は残しつつ
- 外国語の時間を増やし
- 基礎・基本の知識理解を再び強調
「詰め込みは良くない」とゆとりに振り、批判を受けて元より増やす──まさに振り子のような展開でした。
学力は「資質・能力」へと再定義された
揺れ動く中で、「学力とは何か」が法律のうえで明確に定義される転機が訪れます。ここで学力の意味合いが大きく変わりました。
学力の3要素という考え方
2006年の教育基本法改正にともない、学校教育法に「学力の3要素」が盛り込まれました。学力には次の3つの要素があるとされたのです。
- 知識・技能
- 思考力・判断力・表現力
- 学びに向かう力・人間性等
これにより、学力は「知識を持っているかどうか」だけでなく、それを使って考え・表現するアウトプットの力、さらには人間性までも含むものとして法的に定義されました。
「勉強ができる」から「資質・能力」へ
この定義づけによって、学力は「勉強ができる」という話から「資質・能力」の話へと切り替わりました。そして「この資質・能力をどう育てるか」が、その後の学校教育の方針の軸になっていきます。
この頃から「〇〇力」という言葉が次々と登場するようになりますが、これは能力主義(個人の能力で人を評価し序列化する考え方)につながりかねない、という批判もあわせて押さえておきたいところです。
個別最適化の時代と、残された課題
2010年代後半以降、学力観はさらに新しい局面を迎えます。技術の進歩とともに、学びのかたちそのものが問われるようになりました。
ICTと「学びの個別最適化」
2019年頃からのGIGAスクール構想(一人一台の端末環境を整える取り組み)やICT活用の流れの中で、「学びの個別最適化」が語られるようになります。コロナ禍がこの動きを一気に加速させました。
- AIドリルなどを活用し、一人ひとりの進度やつまずきに合わせる
- 個々への対応を技術で補完する
学力の考え方は、ついに「一人ひとりに最適化された学び」にまで広がったのです。
それでも「一斉授業」は変わらない
ただし、大きな矛盾が残っています。理念はどれだけ変わっても、現場では依然として「一斉授業」が基本のままなのです。
- 一斉授業の枠の中で、どう個別最適化するのか
- 一斉授業の枠の中で、どう協働的な学びやアクティブラーニング(能動的に参加する学び方)を行うのか
アクティブラーニングは教員の力量に大きく左右され、準備にも膨大な時間がかかります。これが授業の負担増や残業時間の問題にもつながっているのです。
個別最適化がはらむ「自己責任論」
個別最適化が進むと、別の懸念も浮かび上がります。
- 自分のペースで進められる分、進む子と進まない子の差が開く
- 「やるかやらないか」が自己責任とされやすくなる
- 社会的なつながりや協働性が担保されにくくなる
「勉強したやつが偉い」という自己責任論は、自己肯定感の低さとも深く結びついています。そして「自由にすれば格差が広がる」という構造は、過去の教育改革で何度も繰り返されてきた、再現性の高い問題でもあります。
結局、学びは「良くなった」のか
知識偏重から個性・意欲重視へ、ゆとりから揺り戻しへ、そして資質・能力と個別最適化へ──学力観はまさに振り子のように揺れ続けてきました。
では、これだけ改革を重ねて、学びは本当に良くなったのでしょうか。問いを立てると、はてなマークがつきます。
- 外から見ると「先生が前に立ち、教室で子どもが座って授業を受ける」光景は変わっていないように見える
- 子ども自身は、自分が受けた教育しか知らないため比較できない
- 先生たちも、その時代に合わせるので精一杯で比較する余裕がない
理念は目まぐるしく変わるのに、見た目の授業風景は変わらない。そのギャップの中で、生徒も先生も困り続けている──それが「学力の定義の変化」が映し出す、今の教育現場のリアルな姿なのかもしれません。
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