「みんな平等に」と「一人ひとりの個性を大切に」。一見どちらも良い言葉ですが、実はこの二つは真逆の考え方です。今回は戦後教育の歩みをたどりながら、私たちの学校がなぜ今の形になったのかを一緒に考えていきましょう。
「平等」と「個性」は真逆の考え方です
まず大前提として、「平等」と「個性」はよく並べて語られますが、実は正反対の方向を向いています。この違いを理解することが、教育改革を読み解く第一歩になります。
「平等」とは、一つの型(かた)にみんなをきれいにはめていくイメージです。一方で「個性」とは、その型からはみ出てもいいし、はみ出なくてもいい、自分だけのオリジナルの形を認めるイメージです。
- 平等を徹底すると、個性は制限されます
- 個性を重視すると、平等ではなくなっていきます
つまり、この二つは同時に完璧に成り立たせることが難しい、トレードオフ(一方を立てると一方が犠牲になる関係)にあるのです。
戦後教育は「平等」から始まりました
今の日本の学校制度の土台は、太平洋戦争(第二次世界大戦)が終わった後に作られました。そこで最も重視されたのが「平等」の理念です。
憲法レベルで守られた「教育の機会均等」
1945年の終戦後、日本国憲法や教育基本法によって「教育は平等でなければならない」という考え方が定められました。特に大切にされたのが「教育の機会均等(誰にでも等しく学ぶチャンスがあること)」です。
「単線型」という学校制度
戦前の教育は「複線型(ふくせんがた)」でした。これは早い段階で進む学校が分かれてしまう仕組みです。
- ある学校に行くと大学に進めるが、別の学校に行くと進めない
- 「勉強を極める道」と「職業を学ぶ道」に早くから分岐する
- 結果として、エリート校とその他に分かれ、身分の分化につながりやすい
これでは「早いうちに人生が決まってしまい、平等ではない」という反省から、戦後は「単線型(たんせんがた)」に切り替わりました。これが有名な「6・3・3・4制(小学校6年・中学校3年・高校3年・大学4年)」です。
- どの小学校からも中学校に上がれます(義務教育)
- どの高校からも大学を受験する権利があります
- 努力すれば誰でも上の学校を目指せます
だからこそ、同じ教科・同じ時間数・同じカリキュラム(教育の計画)を学ぶことが重視されました。途中で分けてしまっては、平等の理念が崩れてしまうからです。
「平等な学校」の長所と短所
この平等な制度は、批判されることも多いのですが、実はとても大きなメリットも持っています。良い面と悪い面の両方を、フラットに見ておきましょう。
長所:教育の「最低保障」が世界トップクラス
日本には、掛け算や割り算ができない大人はほとんどいません。しかし海外では、暗算ができずお釣りの計算につまずく人も珍しくないと言われます。
- すべての人に一定の学力を保障できている
- 教える内容が国で決まっているため、地域差・学校差が抑えられる
これは世界的に見ても、とても誇れることです。
短所:一人ひとりの違いに対応しづらい
一方で、みんな同じことを学ぶため、個人の得意・不得意や個性には対応しにくくなります。「多様性や個性の軽視」という批判は、ここから生まれます。
ただし注意したいのは、短所を直そうとするあまり長所まで手放してしまうと、「良い面と悪い面が入れ替わっただけで、全然良くなっていない」ということになりかねない点です。
1980年代、「個性重視」への大転換
戦後ずっと続いた平等路線が大きく変わったのが1980年代です。「臨時教育審議会(りんじきょういくしんぎかい/通称・臨教審)」という組織が、方針転換を打ち出しました。
転換の背景にあった時代の変化
- 高度成長期から安定成長期へと経済が移行した
- 国際競争力が低下し始めた
- 受験戦争が激化し、校内暴力やいじめなど学校問題が深刻化した
これらを立て直すために「個性重視でいこう」という流れが生まれたのです。
臨教審が示した4つのキーワード
このとき提示された言葉は、今の教育にも強く影響を残しています。
- 個性重視の原則
- 生涯学習(生きている間ずっと学び続けること)への移行
- 多様な教育機会の保障
- 「量から質へ」の転換
ここで面白いのは、「平等をやめるのか」という批判をかわす言い回しです。政治家は「形式的平等から実質的平等へ」と表現しました。「みんな同じものを与える平等」ではなく「それぞれにふさわしいものを与える平等」だ、という上手な言い換えです。
「個性」の裏に潜む能力主義
「個性を大切に」と聞くと、とてもポジティブに感じます。しかし、その言葉の裏側には注意すべき側面もあると指摘されています。
「個性」と言い換えられた能力主義
「一人ひとりの興味・関心・能力を大切にする」という理念は美しく聞こえます。しかし、これは裏を返せば「能力に応じて違う学びを提供する」ということでもあります。
- 勉強が苦手でも、得意なことに特化させればいい、という発想になりやすい
- 結果として、学力差や階層差(家庭環境などによる格差)を正当化しやすい
つまり「個性」という言葉が、実質的には「能力主義」を覆い隠す構造になりかねないのです。
強まる「自己責任論」
「できる子はどんどん、そうでない子はそれなりに」という考え方が広がると、差が生まれることが「自然なこと」として受け入れられてしまいます。
- できる人は「自分が頑張ったから」
- できない人は「自分が頑張らなかったから」
このように、すべてを個人の努力のせいにする「自己責任論」が強まっていくのです。この背景には「新自由主義(しんじゆうしゅぎ/個人の競争や自由を重視する政治の考え方)」があると指摘されています。
教育を決めているのは、実は私たちです
ここで大切なのは、教育の方針が政治と深くつながっているという事実です。そして、その政治を選んでいるのは私たち自身なのです。
日本は国民主権であり、民主主義の国です。政治を決めているのは、私たちが選んだ人たちです。つまり、今の教育の形は「一部の人が勝手に決めたもの」ではなく、世論(せろん/みんなの意見)に大きく影響されて作られています。
- 教育の方針は政治から強く影響を受けている
- その政治を選んでいるのは私たち有権者である
- だからこそ、教育のあり方は私たち自身の問題である
まとめ:「平等のアップデート」が残したもの
最後に、今回の内容を整理しておきましょう。時代の変化に合わせた転換が、何を生み出したのかを振り返ります。
- 戦後教育は「平等」を理念とし、6・3・3・4制の単線型を作りました
- その平等には「最低保障」という大きな長所がありました
- 1980年代の臨教審が「個性重視」へと路線転換しました
- これは「平等の中身をアップデートする」試みでもありました
- しかし同時に、能力主義や新自由主義的教育の土台となり、格差や選別を「自然なもの」として受け入れる土壌を作った、との指摘もあります
次回は、この教育の転換点と、日本の政治の転換点が「恐ろしいほど一致している」という話に踏み込んでいきます。私たちの学びが、いかに政治に振り回されてきたのか。ぜひお楽しみに。
もっと詳しく知りたい方へ
ポッドキャストでさらに詳しく聴けます。
🎙️ ポッドキャストで聴く →