「将来のために頑張ろう」と背中を押されるキャリア教育。でも実はそこに、格差社会を加速させる思わぬ側面が隠れているとしたら──?今回は教育改革の視点から、キャリア教育の「2面性」を一緒に考えていきます。
キャリア教育はどう始まったのか
まずは、日本のキャリア教育がどんな背景で生まれたのかを振り返ります。意外にも、その出発点には「社会問題」がありました。
フリーター・ニート問題から始まった政策
キャリア教育(職業や人生の歩み方を考える教育)は、2003年ごろから本格的に始まりました。当時、フリーターやニートの増加が社会問題となり、「若者の働く意欲が下がっているのでは」という危機感から、教育でなんとかしようという流れが生まれたのです。
その第一歩が2003年の「若者自立挑戦プラン」でした。このプランには、次のような特徴があります。
- 文部科学省・厚生労働省・経済産業省など複数の省庁が連携した、省庁横断的な戦略
- 教育・雇用・産業政策を連動させた、初の本格的な若者政策
- 小学校段階からのキャリア教育や「ジョブカフェ」などの制度提案
教育政策は通常、文部科学省が中心ですが、このプランでは複数の省庁が「横串」で協力した点が画期的でした。小学校からのキャリア教育は、形を変えながら今も続いています。
「キャリア教育元年」とその後の変化
2004年は「キャリア教育元年」と呼ばれ、ここから学校教育全体でキャリア教育を進める流れができました。初期は「勤労観・職業観の育成」が中心だったため、実質的には「中学校で職場体験をやっておこう」という形で広がっていきました。
職場体験がこの時期に根づいた一方、高校の普通科ではあまり取り組みが進まない時期が長く続きました。その後、2011年ごろには「キャリア教育」と「職業教育」が並べて位置づけられるなど、定義は少しずつ変化してきました。
キャリア教育に潜む「2面性」
ここからが今回の本題です。本来は前向きな学びであるはずのキャリア教育が、実は格差社会に適応させるための道具になっていないか──そんな鋭い指摘があるのです。
「勝ち組になれ」と「転落するぞ」
ある学者は、現在のキャリア教育が「変化の激しい社会を生き抜く力」ではなく、「格差社会にうまく適応するためのスキルや意識」を教えるものになっているのでは、と提言しています。そして、その中身は対象となる層によって2つに分かれると分析します。
- ある一定以上の層へ:上昇志向を刺激し、「競争して勝ち上がればいい生活ができる」という“勝ち組になる方法”を教える
- それより下の層へ:上昇志向を刺激しても響かないため、「このままだと転落するぞ」という“脅し”でキャリア教育が行われてしまう
「フリーターになったら終わりだよ」「正社員にならないと生涯賃金に差がつくよ」──こうしたメッセージ、どこかで聞いたことはありませんか。これが「転落への脅し」としてのキャリア教育の正体です。
分厚かった中間層が、分裂していく
かつて日本は「中間層が分厚く、貧富の差が小さい社会」と言われてきました。しかし社会学的な分析では、今やその状況は変わってきていると言われています。
- 本当の意味での中間層は、もはや上位層に近い存在になっている
- その下に「労働者クラス」、さらに下に「アンダークラス」という層が分かれている
- 結果として、下の層が増えている
この構造の中で、労働者層に向けたキャリア教育が「アンダークラスに落ちるぞ」という脅しになりがちだ、というわけです。本来のキャリア教育の理念とはかけ離れている現実に、思わずハッとさせられます。
「格差に抗うキャリア教育」という視点
では、どうすればいいのでしょうか。ここで提案されるのが「格差に抗うキャリア教育」という考え方です。少し難しいテーマですが、とても大切な視点です。
構造を「見える化」して考える学び
学者が提言するのは、格差という現実から目をそらすのではなく、むしろそれを正面から学ぶキャリア教育です。ポイントは次の通りです。
- 格差社会の現実を可視化(見える化)し、批判的に分析する学習をする
- 格差は放っておくと「再生産」される(次の世代にも引き継がれる)ことを理解する
- すべてを個人の努力のせいにするのではなく、個人では変えられない「構造的な要因」があると気づく
- その上で、社会を変える主体として自分のキャリアを描く
つまり、「この社会構造の中で、自分はどう生きていくのか」を考えること。それこそが本来のキャリア教育ではないか、という問いかけです。
「自己責任論」との深いつながり
今のキャリア教育は、「将来の着地点は自分の能力と努力で決まる」という前提に立ちがちです。しかし、この前提そのものを疑うところから始めなければいけない──これが今回の大きな結論です。
この考え方は「自己責任論」とも深く結びついています。自己責任論は、政治の新自由主義的な流れとも密接に関係しています。だからこそ、私たち一人ひとりが民主主義や政治を理解することが欠かせません。なぜなら、政治を決めているのは、ほかでもない私たち自身だからです。
キャリアを考えることは、社会の仕組みを考えること。一見遠回りに見えて、実はここに本質があるのかもしれません。
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