「一人一台タブレット」が当たり前になった今の学校。でも、その裏側では予算の壁や家庭間の格差、そして民間企業の参入という大きな変化が起きています。教育改革シリーズ第9回は、ICT化とGIGAスクール構想の「いま」を整理します。
紛らわしいキーワードを整理しよう
教育のIT化について調べると、似たような言葉がたくさん出てきて混乱しがちです。まずは基本用語を整理しておきましょう。
よく出てくる4つの言葉
- ICT化:Information and Communication Technology(情報通信技術)を教育に取り入れること
- GIGAスクール構想:児童生徒1人1台端末と通信環境を整備する国の計画
- Society5.0:IT技術を活用した「超スマート社会」を目指す国家戦略
- EdTech(エドテック):教育(Education)×技術(Technology)を手がける民間サービス
ICT化には2つの方向がある
教育のICT化は、世界的に進められている取り組みで、日本は遅れていると言われてきました。実はひとくちにICT化と言っても、大きく分けて2つの方向性があります。
- 授業・教室での活用:生徒がタブレットを使って学ぶ場面
- 校務(こうむ:学校業務)の情報化:先生の書類をデジタル化・クラウド化すること
なぜ日本のICT化は進まないのか
「日本はICT化が遅れている」とよく言われますが、その理由はとてもシンプルです。お金の問題が根っこにあります。
予算がおりにくいという現実
最大の理由は、国の予算が継続的につかないことです。財務省は学校教育のICT化への予算申請にとても消極的だと言われています。ところが興味深いことに、景気が悪くなると景気対策の一環として、一気に予算がおりることがあるのです。
- スクール・ニューディール(2009年):リーマンショック後の景気対策
- GIGAスクール構想の前倒し(2019〜2020年):コロナ禍での補正予算で一気に推進
ICTを導入すれば民間企業への発注につながり、確実に成果が見える。だから景気対策として選ばれやすいのです。
「一発」では終わらないのが難しさ
問題は、ICTは端末を配って終わりではないということです。毎年の運用・保守・更新にお金がかかるのに、単年度でたまに予算がつくだけ。だから結局、継続的には進みにくいのです。
自治体による「努力量」の差
国からのお金は一度自治体におりてから各学校へ配分されます。ここで自治体ごとの姿勢に大きな差が出ます。たとえばICT支援員(学校のIT活用を助ける専門スタッフ)を、
- 週1回しか呼ばない自治体
- 週3回、週5回と手厚く配置する自治体
同じ予算でもこれだけ違うのは、自治体の努力量の差という、実はシビアな現実があります。地方では1人の支援員が車で複数校を掛け持ちし、移動だけで大変な負担になっているケースもあります。
GIGAスクール構想とは何だったのか
名前は聞いたことがあっても、中身を知らない人は多いかもしれません。GIGAスクール構想の基本を押さえておきましょう。
3つの柱
- 児童生徒1人1台端末:全国どこでも差がない状態を実現
- 高速大容量の通信ネットワーク:全員が一斉につなげるWi-Fi環境の整備
- クラウドサービスの活用:主に校務のデジタル化
当初は2025年頃までにゆっくり進める計画でしたが、コロナ禍で2〜3年前倒しに。2022年に全国で99.9%、2023年には100%を達成しました。これ自体はとても大きな成果です。
何のために進めているのか
GIGAスクール構想には、はっきりとした目的があります。
- 学びの個別最適化:一人ひとりが自分のペースで学べる環境づくり
- 協働的な学びの推進:編集画面をみんなで共有できるなど、紙では難しかった共同作業を可能にする
- 学校外との接続:家庭でもオンラインで学習を進められるようにする
ただし、個別最適も協働的な学びも、実現には先生のファシリテーション(進行・支援)能力が欠かせません。端末があればすぐにできる、という単純な話ではないのです。
達成されても残る課題
端末が行き渡っても、現場にはまだ多くの課題が残されています。保護者として、生徒として知っておきたいポイントです。
授業の最適化と先生のスキル
端末を活用した授業へ切り替えるのは、本当に難しいことです。教師のICT活用スキルや、それを準備する時間の不足は、いまも大きな課題として残っています。
端末の更新時期という新たな壁
2025年度・2026年度は、最初に配られた端末の更新時期にあたります。端末の買い替え費用に加えて、データ移行のための人件費も必要です。多くの自治体がこの出費に頭を悩ませています。
家庭環境による格差
一人一台端末を配った結果、家庭による格差も見えてきました。
- 自宅でWi-Fiが自由に使えない家庭がある
- 端末を持ち帰っても遊びにしか使わないケースがある
- そもそも持ち帰らせない、使うのに申請が必要という学校もある
こうした運用方針も、自治体や学校長の考え方しだいで大きく変わります。せっかくの端末が並んでいるだけ、という残念な状況も起きているのです。
教育に「経済産業省」が入ってきた
ここ十数年で起きたもう一つの大きな変化が、教育への経済産業省の参入です。これまで学校教育は文部科学省の独壇場でしたが、その構図が変わってきました。
Society5.0という国家戦略
安倍政権のとき、「人間中心の超スマート社会」を目指すSociety5.0が国家戦略として掲げられました。これは文科省や経産省といった省庁レベルを超えた、国全体の方針です。IT人材や理系人材の不足を背景に、教育から変えていこうという流れが生まれました。
経産省「教育産業室」とEdTech
この流れを受けて、経産省は「教育産業室」を設置し、EdTech企業を支援して学校現場にツールを導入する動きを積極的に進めました。
- 「未来の教室」という実証事業にEdTech企業を登録
- IT導入補助金などを通じて、企業のツール導入を後押し
- 学校・企業・地域・オンラインをつなぐ学びのネットワーク化
これまで文科省が担ってきた領域に経産省が入り込み、企業主導のイノベーションを教育に持ち込むようになったのです。安倍政権下では政策決定の権限が内閣府に移り、そこに経産省系の人材が多くいたため、経産省が強い影響力を持ち、文科省が実行役のようになっていた時期もありました。
民間参入は本当に良いことなのか
民間企業が学校に入ってくること。かつては「遅い学校を変える良いことだ」と信じられていましたが、いま改めて考えると、慎重に見るべき点もあります。
変わってきた「学校」と「教育産業」の境界
もともと文科省は、塾や予備校といった教育産業を学校教育とは別のものとして、距離を置いて見てきました。しかし近年は状況が変わっています。
- 大学入試改革での業務アウトソーシング(外部委託)
- 教材開発の外部委託
- 学習データの分析や採点の外部委託
- GIGAスクール構想や経産省の参入
こうして外部が学校教育に入り込むことが、避けられない流れになってきました。
行き過ぎへの警鐘
一方で、この流れが行き過ぎることへの懸念を示す研究者も多くいます。企業がサービスを通じて学校教育に入り込むと、どうしても企業の利益という視点が入り込んでしまう。それが教育の本来の目的を歪めてしまうのではないか、という問題意識です。
ICT化や教育DX(デジタル化による変革)は、便利さと引き換えに、私たちに新しい問いを投げかけています。「誰のための、何のためのデジタル化なのか」。これは学校だけの話ではなく、子どもを持つ家庭にとっても身近な問題なのです。
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