私たちが当たり前に受けてきた学校教育。でも、その「前提」そのものが間違っているとしたら、どう思いますか?今回は認知科学(人の思考や学習の仕組みを研究する学問)の視点から、教育で本当に能力を伸ばせるのかを考えます。
教育で能力は本当に向上できるのか
「能力とは何か」を考えてきたこのシリーズ。今回のテーマは、教育によって能力を高められるのかという問いです。認知科学の観点から、学校教育の当たり前を問い直してみましょう。
これまで、能力とはテストで測りきれるものではなく、「アブダクション(観察された事実から仮説を立てる推論)による仮説にすぎない」という話をしてきました。この前提に立つと、私たちが受けてきた教育理論そのものが揺らいでくるのです。
前提①「問題・正解・正解を知る人」という三段構造
学校の授業には、ある共通した前提があります。それは、まず問題が出され、その正解があり、そして正解を知っている人(先生)がいる、という構造です。この前提は本当に正しいのでしょうか。
そもそも「問題」とは何か
認知科学では、問題をこう捉えます。
- 問題がある状態=望ましい状態(理想)と現状が一致していない
- 問題を解決する=現状に操作を加えて、望ましい状態と一致させる
この考え方でいくと、たった一つの操作だけで問題が解決できることは、現実にはとても稀です。社会問題を思い浮かべればわかるように、教育問題も「これ一つを変えれば全部解決」とはいきません。複数のことを試し、適切なものを選び取らなければならないのです。
学校のテストが教えているもの
一方、学校のテストはどうでしょうか。数学の「〜を求めよ」を例にすると、こうなります。
- 「〜を求めよ」=望ましい状態(理想)
- 問題文の記述=現状
- 先生が授業で教える解法=現状を理想に持っていく操作
つまりテストは、この「操作」を再現できるかを試しているのです。ところが社会に出ると、正解があるかもわからず、答えを知っている人もいません。「何を求めればいいのか」を自分で見つけるところから始まります。
本には「問題は自分で創発(自ら作り出すこと)させなければならない」と書かれていました。正解も、答えを知る人もいない状態でどうするか。日常はそればかりなのに、そのトレーニングになっていない、というわけです。
変わりつつある学校現場
とはいえ、最近は変化も生まれています。
- 自分で解決したいテーマを見つける「探究的な学習」の広がり
- 渋谷区など、探究の時間を充実させる自治体の取り組み
- 大学入試での「総合型選抜(学力テスト以外で人物を多面的に評価する入試)」の増加
ただし、中学・高校になると受験が見えてきて、どうしても「正解を求める力」に振り切れてしまいます。優劣をつけて成績を出さなければならない受験システムそのものが抱える難しさとも、深くつながっているのです。
前提②「基礎ができてから応用」というステップ
もう一つ、私たちが疑いもしなかった前提があります。それが「基礎を学んでから応用へ進む」という順番です。問題集も、まず基礎、次に応用という形になっていますよね。でも、これも本当に正しいのでしょうか。
現実世界に「基礎→応用」はあるのか
現実では、そもそもどんな問題に直面するかわかりません。どこにどんな課題が出てくるか読めない状態で、「基礎的な問題」「応用的な問題」という区別は成り立つのでしょうか。
むしろ順番は逆かもしれません。目の前の大きな課題を分解していく力があってこそ、基礎の必要性が見えてくる。応用に取り組む中で基礎が身につく。「基礎が先、応用が後」というステップは、意外とあやしいのです。
仕事や暮らしの中で見える「ズレ」
この感覚は、社会に出ると特に強く実感します。
- ビジネスの基礎スキルを全部学んでも、応用が自動的にできるわけではない
- 資格の知識と、現場で通用するスキルは別物である
- 計算が得意でも、買い物の場面でとっさに割合を計算できるとは限らない
たとえば「2分の1のスイカを5分の4個食べたら、どれくらいの大きさか」。数式の上では簡単でも、実際のサイズ感を思い描く力は、日常の中で使わないと育ちません。知識を入れることは大切ですが、それが生活で生きる力になるかは別問題なのです。
共通テストが日常に根ざした問題づくりを工夫しているのも、こうした課題意識の表れでしょう。「基礎ができたら応用」という当たり前も、問い直してみる価値がありそうです。
私たちの学びをどう捉え直すか
「17年間の勉強は何だったのか」と少し悲しくなるかもしれません。でも大切なのは、否定ではなく捉え直すことです。
正解のない問いを自分で立てる力、課題を分解して考える力。これからの学びに必要なのは、こうした「当事者意識」なのかもしれません。中高生の皆さんも、保護者の方も、日々の勉強や仕事を「与えられた正解を解く」だけで終わらせず、身近な問いから考える習慣を育ててみてはいかがでしょうか。
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